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当犬舎の豆柴は昔からいる小柴の系統を保存繁殖してきました。
ネットの世界では無理やり作り出した犬種とされていますが、当犬舎の豆柴の祖となる犬たちは、日本犬保存会の展覧会に出陳されていた柴犬を確認し、出陳犬の中でも小ぶりの柴犬を見つけ、その繁殖者に話を聞き、小ぶりな子が出る系統を頭を下げ譲って頂いたという事実があります。
日本犬保存会会員の中でも、昔から小さな柴を出す系統がいることを知ってる方が多くいました。
しかし、繁殖者として、規格が決まった以上、規格より小さな系統を維持してゆくことが困難と判断し、かといって「小さな子を出す系統を絶滅させるのも忍びない。」と言った方々に譲ってもらった子がたくさんいます。
日本犬保存会により、日本標準体高が決められたときにも、基準を上回る大きな柴も下回る小さな柴もいたことはみなさん存じ上げていると思います。柴の体高も、保存会発足時には牝犬で一尺四寸二分五厘(43cm)が基準であった。しかし、中型犬とも被る体高だったため、基準の体高を一尺三寸に下方に修正し、現在の体高基準となったのです。
元々一尺四寸二分五厘(43cm)を良としていた体高を人為的に変更したため、中型の大きさのある柴は繁殖にも用いられず、その姿はこの世から消えました。
標準が決められたことにより、日本犬の多くの種は数を回復したのも事実ですが、標準外の大きさの子たちは姿を消したのも事実です。
無理やり作り出したと言われるならば、今の現存する柴の血脈は島根と四国の柴の掛け合わせから始まる中興の祖「中号」とするという事実を忘れてはなりません。
地柴というのはその土地、その土地で他と交わることなく独立した犬種であったのです。DANレベルでいえば別種ですね。
そして田名部雄一教授(岐阜大学農学部)は日本犬の研究結果で「信州柴犬・山陰柴犬・美濃柴犬は、一まとめで”柴犬”と総称されているが、これらの固体は相互い遺伝子構造が異なっているといわれ、これらは、個々にそれぞれの品種として独立の品種名を与えた方が良い。」と述べられている。厳密にいえば現代柴も人為的に作り出された犬種の一種なのである。
しかし、それぞれの地柴をひとくくりにし、個体数の回復を図らねばならなかったのも事実です。
当犬舎はその中でも小柄な系統を集め、古くは小柴という愛称で親しまれた小さな柴を保存育成してきたというだけです。
日本犬保存会の日本標準を作った背景には日本固有種の絶滅を避けるためという大義名分があるので、人為的な改良は認めても、標準にそぐわない豆柴は認めないというのはあまりにも勝手ではないでしょうか?
柴犬保存会は小柴を認めています。日本犬保存会の中にも小柴として当犬舎に譲ってくれた人もいます。
昔からいた事実を隠し、「金儲けのために作り出した奇形」などという人たちの声を聞くと、自分たちの賛同する基準以外は認めないという姿勢に戸惑いを感じます。昔からいら体高というのは事実です。事実を捻じ曲げ、絶滅することを望むのが保存の趣旨ですか?
忠犬ハチ公の写真や剥製を見たことはありますか?年老いていたとはいえ現在の秋田犬とはだいぶ違うことが分かります。
シーボルトが持ち帰った日本犬の剥製をご覧になったことはありますか?
時代が変われば犬の形も変わる。変えてきたのは人間なんです。
そしてまぎれもなく当犬舎の豆柴の祖となった犬たちは日本犬保存会の犬籍を持つ犬から作り上げてきました。

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